『事典 絹と木綿の江戸時代』

事典 絹と木綿の江戸時代

前半絹、後半が綿について。絹の項は流し読みで、少し止まって読んだのは道具についての部分だけ。

同時に借りた『木綿の本』の指を断たれた紡ぎ手の話も恐ろしいが、こちらにも怖い話が(汗)
疑問点もあるので少し、引用。
P123~「しかし40番手~60番手のモスリン用細糸は紡車(spinning wheel)を用いず、単純・原始的手段に戻って、右手で竹製の紡錘軸(bamboo spindle)を回し、左手でスライバー(日本では篠またはジンキ)を中空に握り揚げて、その親指と人差し指で繊維を撚って糸にしたという」
指で撚って…って細くするための紡ぎ方なのかなぁ。普通スピンドルで紡ぐ時って、指で撚ることはしない、最初引き出す時にちょっとやることがあるくらいで、あとは棒を回すだけだし。

そしてここからが恐ろしい(汗)
P124「太糸は、厳しい労働で手指が固くなっている下級カーストの農婦が木綿紡車でつくり、細糸は不幸で貧窮した下級カーストの寡婦、特に貧しいブラーマン階級の寡婦がつくった。細糸を紡ぐ女性は織屋から前渡し金を渡され、仕事にとりかかる前、心身を冷静に保ち節制を守らせるための特別食が与えられ、視力を助け、目がよく見えるようにする薬が毎日与えられ飲まされたという」
そんなことしないと紡げないなら、前言撤回、モスリンまでは目指さずにおこう(苦笑)

「蘇州松江地方では足で車を動かし片方の手で同時に三本、五本を引く」といったような記述が残っている文献があるらしい。す、すごいな。絹みたい。

結城木綿は経糸に綿糸、緯糸に紬糸を用いた交織の縞木綿とのこと。聞いたことがないけど、水害のあと、絹綿交織に転向したらしい。



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